2016-01-14

【脚本研究会・翠会合同】12月定例会報告

【日 時】:2015年12月5日(土)
【場 所】:15:00~ 成城学園初等学校 社会科室
【参加者】:北島・木村・長谷川・久保・中村(照)・芦沢・二見・蒔田・金岡
門田・金平・西脇・桂組同級生の皆様(22名)


○今回は特別企画として、北島先生が6年間担任された桂組の同窓生の皆さんと合同で思い出の劇を鑑賞しました。
北島先生を囲んで
第11回成城学園劇の会が、1966年5月に渋谷公会堂で行われました。当時6年生の桂組の皆さんは、北島先生が脚本をお書きになり、作曲を音楽家の芥川也寸志氏がされたミュージカル「子どものまつり」に出演しました。当時のmmmカメラで撮影された映像をデジタル化し、さらにビクターより出されたLPレコードの音を映像に合わせ、DVDに作り直した卒業生内海さんの力作でした。とにかくご病気をされた北島先生に喜んでもらいたい、ということを繰り返しお話しされ、前日の夜中に完成した出来立てのDVDでした。まずは社会科室に集まり、貴重な「子どものまつり」の舞台映像を皆さんで鑑賞し、その後小会議室に場所を移して観劇の感想や当時の思い出話などに花を咲かせました。机の上には卒業生の皆さんが用意してくださった、お茶やお菓子が並び、北島先生の目の前には本物の「かつ丼」のような、ケーキまで現れました。

【あらすじ】
 対立する地元と団地の子どもたち、弱虫のタキはどちらからも馬鹿にされていた。そんなところに鬼が現れ、タキを馬鹿にした子どもたちを憎みやっつけてやろうと思うことで、鬼に変身させる。鬼になったタキは戸惑いながらも、意地悪をした子どもたちに仕返しをしようとする。大きな石を持ち上げて暴れるタキの足元に、優しいタキの理解者だったミチが、思い出のオルゴールを持って現れる。オルゴールのふたを開け、ミチがタキと一緒に歌った「オルゴールの歌」を歌う。その歌声を聴くうちに、タキは元の優しいタキに戻っていた。これを機にいがみ合っていた地元と団地の子どもたちも仲直りし、一緒に子どものまつりをすることになる。みんなが祭りで盛り上がるなか幕が下りる。

北島 何か脚本みたいなものは、百本近くあるけれども、それを演じている舞台を見ることは実際なかなかない。「子どものまつり」は初めて見たかな。鬼の子もそうだし、子どもたちが上手かったな。歌も素晴らしかったですよね。
長谷川 とても50年ぐらい前の作品とは思えない、新しい感じがする作品だと思いました。このまま今の舞台に乗せられそうです。
久保 最後のクライマックスのところで涙がこぼれました。やはり人間を描くのが劇なんだと、あらためて思いました。
中村 なかなか子どもたちが演じている舞台を観ることが少なく、映像の中からも子どもたちのパワーを感じました。
芦澤 私もちょっとうるっとしました。
二見 50年前の8ミリなのに、カラーでびっくりしました。最近プロの劇団の舞台もシンプルになってきていますが、成城学園の舞台装置が立派なのに驚きました。
蒔田 木村さんに「すげーすげー」と言われていましたが、本当にすごかったです。さすが成城学園だと改めて感じました。
桂組(男) 本番で暗転が急になかったり、太鼓が倒れてきたりとハプニングがあったことを今でもはっきり覚えています。この作品には北島先生の愛が詰まっていて、劇中歌は今でも口ずさめます。
桂組(女) 毎日歌の練習・特訓をしたのが印象的です。生のオーケストラの音につつまれたゾクゾク感を今でも覚えています。成城学園には毎日劇をしに行っていました。勉強をした記憶がありません。
桂組(女) 女の子役でした。(笑)他にもいろんな劇に出たのを覚えています。
桂組(女) 芥川です。私の父が指揮していて恥ずかしかったです。「オルゴールの歌」を歌ってLP化したのは、当時2年生だった岩崎ひろみちゃんが抜擢されて歌ってました。とにかく高音まで良く出る子でした。
桂組(男) 私は当日参加しないで、他の劇に出ていました。ただLP化される時には代役で鬼の声をだしていました。とにかく北島先生を中心にクラスが団結してまとまっていました。
桂組(男) 練習のたびに動きが違って、自分たちでずいぶん作らせてもらったのを覚えています。
門田 遅れてきてDVDを観られなかったのが悔しいです。いつか観たいです。
金岡 子どもたちがのびのびと演じているのが大変印象的でした。
金平 「子どものまつり」を30年前にやらせていただいた。お祭りの場面では、当時の渋谷公会堂と違って、小学校の体育館を練り歩いてやりました。もっと北島先生の作品を、演じる学校があってもいいと思う。
北島娘 当時レコードを良く聞いていて、実際の舞台も3年生で客席から観ていました。父は学校から帰ると書斎にこもっていることが多かったです。あまり一緒に遊んでもらった思い出はないですが、父が学校の先生で誇らしかった気持ちがありました。(文責 西脇)




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